電波気味の人々 


道端で友人、若しくは知り合いに遭遇したらまず言う言葉は 「やぁ」とか「こんにちわ」とか「奇遇だね」とか、まぁ そんな挨拶が常識の範囲内だろう。
これが長らく会っていなかった相手になら「久しぶり」「元気してた?」になる。 その日、ぶらぶらと街を歩いていた千石は跡部と偶然にも出会った。
「おなか減ったからなんか奢ってよ」
千石の口から出た第一声は、まずそれだった。

跡部は、まぁあんな性格だが、そんなに悪い奴ではない。
ただ、価値観が違う。なんでテメーに奢らなきゃなんねぇんだと 散々文句を言いながらもファミレスよりも数倍ランクの高い店に 連れて行こうとするのを必死になって千石は止めた。 そこまで高い物が食べたいわけでもないし、軽い気持ちで 言っただけの言葉だったので申し訳なくなる。 それと、後々何か妙な事を要求されそうで怖かった(それは確実に 千石にとって迷惑になるようなことだと容易く予想される)。 そんなわけで、二人で適当なファミレスに入った。
薄っぺらい紙のメニューを見て跡部が料理の価格に文句をつけだす かと千石は危惧したのだが、別段「なんだこの安い値段。ちゃんと したモン使ってんのか?こんなの子供の小遣い程度の値段の料理なんて 食えるか」とか言い出しもしないので、そこまで非常識では 無かったのかとほっと胸をなでおろしてしまった。
よくよく話を聞けば、部活の仲間達と練習終わりによく来たりする そうだ。
なるほど、確かに大して金も無い中学生を何人も連れて フルコース、なんて事は出来ないだろう。常識的に。

千石はハンバーグセットと単品メニューのから揚げを頼み、跡部は 別段腹は減ってないと言って紅茶を頼んだ。 メニューを聞いた可愛いウェイトレスが「少々お待ちください」と言って 下がっていく。可愛い女の子はいいなぁだなんて思いながら鼻の下を のばす千石を、跡部が小馬鹿にしたように笑った。
それから二人は料理が来るまで、テニスのことや学校のこと、最近見た テレビや聴いた音楽など、中学生らしい他愛の無い会話を続けていたのだが、突然跡部が何かに気付いたように、千石の後ろのほうを凝視しだした。
「なに、どうしたの」
「いや、あれ、日吉じゃねぇか…?」
日吉、と言えば跡部の後輩だ。へぇ、同じ店に来るなんて偶然だねぇと 思いながら千石が跡部の見つめているほうを振り向く。 4人用テーブルについている少年が三人。 1人は跡部の後輩の日吉、それから千石もよく知る、というより 現在絶賛片思い中の伊武、それから、何故かルドルフの木更津淳がいた。
「…どういう組み合わせ?」
「俺が知るかよ。…今日は集いがあるって言ってたのはコレか…?」
「集いって…なんの集いなんだろ」
二人してみているのがバレないように、慎重に様子を伺う。 三人は来たばかりのようで、それぞれがメニューを覗き込んで何を 注文するかを決めているようだった。
「お待たせしました」
目の前に現れたのは、あの可愛いウェイトレス。 千石と跡部の前に料理を並べると、ぺこりとお辞儀をして帰っていった。 料理からはおいしそうな匂いがするし、セットでついてきたスープからは 湯気が立っていて食欲をそそる。けれど、二人はそれに手をつけなかった。 それどころではなかったのだ。
「…つーか、あいつら一言も喋ってないっぽくねぇか?」
「うん、俺も思ってたけどあえて言わなかった。あれ絶対喋ってない」
三人は会話もすることなく、ただメニューを見ている。 やがて注文が決まったのか、木更津が店員を呼ぶ為のベルを鳴らした。 今度はまた別の可愛い女の子が彼らのテーブルに向かう。 何を注文しているかまではわからなかったが、三人はようやくこのとき 声を発しているようだった。
「なんかあの三人の組み合わせがすげー不気味なんだが」
「え、日吉君のこと、好きじゃなかったっけ?」
「俺は時々あいつの事が理解できねぇ」
それは千石も同じだった。時々、と言うか殆ど伊武の考えている事なんて 千石にはわかりもしなかったが、そこを含めて好きなのだ。 相変わらず三人に会話は無いようだ。向こうに気付かれないように、こちらもはっきりと向こうの様子を伺う事は出来ないが、どうにも口が動いていない。
だというのに、突然木更津がクスクスと笑い出したのだ。 よく見れば伊武も日吉も、小さくだが笑っている。 ええ!?と驚く千石のことなど知りもしない彼らは、一言も言葉を交わさずに笑っていた。
「…千石、もうあっちは見るんじゃねぇ」
「…そうだね」
一体あれは何なのか。何の集いなのか。 あの三人のテーブルに近寄って「あっれー奇遇だね!」なんて声をかけれる度胸は、跡部にも千石にも無かった。


「ねぇ、伊武くん。こないだ日吉君と木更津君とファミレスにいた?」
後日、千石は伊武に電話をかけたついでに先日自分が見てしまったあの光景を思い出し、なんとはなしに訪ねてみた。
「あぁ、いました。なんで知ってるんですか?」
「別のテーブルに俺、偶然居たんだよ。でも、急に声かけたら悪いかなと思ってさ!」
本当は声をかける度胸がありませんでした。なんて言えるわけがない。 千石の本音を知らない伊武は「別に声くらいかければいいのに」なんてぼやき始めてしまった。千石とて、そうできるのならしていたのだ。
「えっと、なんか、楽しそうだったね。でも、あんまり声聞こえなかったな−。俺なんて友達と居たらつい大声ではしゃいじゃうからさ!伊武クンたちはきちんとしてるよね!」
まったく持って、自分は嘘を吐くのがうまい。千石は自分に感心した。 そうしてこんな風に遠まわしにしか聞けない自分を情けなくも思った。 これが跡部であれば「お前ら無言で笑ってて気持ち悪かったぞ」の一言でも言えているに違いないのだ。
千石の言葉に、伊武は「あぁ」と小さく呟く。
「そりゃあ、あの時俺達、筆談してましたから。声が聞こえるわけないですよ」
千石の思考がフリーズする。それからゆるゆると動き出すが、どう頑張っても彼の考えがわからなかった。何故、そうせねばならなかったのだろうか。
「……えっと、…なんで、筆談してたの?」
勇気を出して聞いてみると、沈黙が返ってきたので千石はもしや通話を切られてしまうのではないかとヒヤヒヤしたが、ややして短い返事が返って来た。
「…さぁ?」
多分、というか絶対、あの集いには参加できない。千石は思った。