随分とお腹が減っていた。
久しぶりの買い物でかなり色々な物を買ってしまったから荷物は重たいし、足は痛いし、よく考えればまったく休憩をしていない。
少し考えてから、近くにあったファーストフード店に足を踏み入れた。 ハンバーガーのセットをカウンターで注文し、明るい笑顔を見せてくれる店員の女の子の元気さを少し分けて欲しいと羨みながら待っているとトレイと番号札を渡された。 席までお持ちします、と言う言葉に頷いて適当な席を探す。
喫煙席はもちろん除外で、禁煙席の一番道路が見えるテーブル席に腰を落ち着けた。トレイには飲み物とポテトが乗せられている。ハンバーガーの登場には時間がかかるらしいので、先にポテトを食べ始めた。冷めたポテトと言うのはとんでもなくまずいので。
ガラス越しに行き交う人々を眺めて、あぁあの服はいいなとかあの色はありえないだろうとか考えながら、テーブルの上に出してある携帯をちらちらと見る。携帯の画面はずっと変わらない。それにため息が出そうだった。
「よ、偶然だな」
声をかけられる、と同時にテーブルの上に自分のものではないトレイが乗せられる。当たり前のように向かい側に座って笑っているのは、知らない奴ではなかった。
「つーかさ、あんた一人?ちょっと寂しくない?」
馴れ馴れしいことこの上ない男の名前は切原赤也。俺にとっては忌々しい以外の何者でもない存在なのだ。そして向こうも、俺がこいつに対して良い感情を持っていないと言うことをわかっているのに、どうしてこうもへらへらと笑っていられるのだろう。まったくもって思考が読めない。…それは俺もよく言われることだけど。
「自分も一人だってのによく人のこと言えるよね…て言うかなに勝手に座ってんの?相席を許可した覚えないんだけど。空いてる席なんて腐るほどあるんだからそっちいけよ…腹立つよなぁ…」
普段のぼやきよりも2割り増しくらいに呪詛的なものを込めて呟いてやるが、切原は平然とした顔をしている。それが余計に腹が立つのだ。
切原は自分のトレイの上のポテトを食べながら「一人じゃねーよ」と偉そうに胸を張った。そんな返事が欲しかったわけではなくて、俺は別の席に行って欲しいだけなのに、切原が動く気配が無い。
「俺は先輩と一緒だっつーの」
「…で、その先輩はどこなわけ?」
何故か切原はう、と言葉を詰まらせた。
「ん、いや…その…まぁ、はぐれちまったんだよ。ったく、ちょっと目の離した隙にどっか行くんだもんなぁ、あの人」
「それ本当にはぐれたのかなぁ…怪しいよなぁ…。おおかた、自分でちょろちょろ動き回って迷子になったんじゃないの。…あ、わかった。先輩にまかれたんだろ?まかれたな?」
追い討ちをかけるように畳み掛けてやれば、強がるように「うっせぇ!」と叫んで自分のポテトを食べ始めた。うるさいのはそっちだろうと思って文句を言ったが聞いていないようだ。もう一度言ってやろうと思ったら、タイミングがいいのか悪いのかさっきの店員が俺が頼んだハンバーガーを持ってきた。どうやら切原のも一緒に持ってきたらしく、二人の番号札とハンバーガーを取り替えてさっさといなくなる。
「だってよぉ、マジで何考えてっかわかんねーし。歳が一つ違うだけでこんなにわけわかんないもんかねぇ」
「他人の考えてることなんてわかるわけないだろ」
「いや、…いや、なんつーか。あの人らは普通を越えてる…っつーか」
ガサガサとハンバーガーを包んでいた包装紙を捲って、切原がかぶりついている。その口の端にはケチャップがついていて、小学生かと思った。
まるで妹みたいだ。いや、妹と比べるなんていくらなんでも失礼だ。俺の妹に。
「昨日だって、俺、ぶん殴られたんだぜ!?」
ほら、見ろよ!!と言って指を刺す先は自分の頬。あぁ確かに、立海の副部長は試合に負けた部員をぶん殴ってたりしたなぁと思い出す。
俺はそういうのが好きになれないからかわいそうだなぁとは思うけど、切原のことは同情できなかった。多分こいつがくだらないことをして怒られただけだろう。
「いや別に殴られた跡とか残ってないし」
「マジかよ!あー、もう!柳さんも冷てぇし…」
「ほう、そうか。俺は冷たいと思われていたのか」
俺はそのとき、人間とはここまで漫画のように固まることが出来るのか、と思った。 文字通り、切原は背後から急に現れた同じく立海の、三強と呼ばれるうちの一人である柳の 存在に石のように固まってしまっていた。
「や、柳さん…!!」
「探したぞ、赤也。まったく…お前はすぐにふらふらとどこかへ行くから目が離せないな」
咎めるような口調だが、その瞳は柔らかだ。本気で怒っているわけではないと言うのがわかる。 て言うかやっぱりお前が勝手に迷子になってたんじゃないか。と思うけど切原はさっきまでの 調子の良さが消えていて、完璧にいいように遊ばれている風にしか見えない。
「伊武、すまなかったな」
「いえ…」
俺だって礼儀くらいは弁えている。理不尽な縦社会は嫌いだが、こちらに何の害も与えていない人に対して毒を吐くほど自分の性格は悪いとは思わないのでとりあえず頭を下げる。
「赤也が迷惑をかけた。ほら、行くぞ赤也」
「え、俺まだ食ってるんスけど!!」
しかし柳は切原の言葉に歩みを止めることなく、店を出て行ってしまった。あれは本気で 待っていてくれる様子ではないと言うのは俺ですらわかる。
切原はハンバーガーだけを手に取ると、残りのポテトとジュースを俺に向かって「それやる!!」と叫んで出て行ってしまった。 取り残された俺は、さっきまでの騒々しさなんてまるで嘘みたいな静けさの中で一人 どうしたものかと考えて。
「いや、こんなに食べれるわけないし」
「あー!!!深司ぃっ!やっと見つけた!!!!」
切原が出て行ってすぐ、入れ違いのように店に入ってきたのはアキラだった。 ゼェゼェと肩で息を切らせて、乱暴な足取りで俺の目の前まで来る。
「お前…俺がどんだけ探したと思ってんだよ…」
「は?むしろそれはこっちのセリフなんだけど。振り向いたら、いきなりいなくなってるし」
「いや、俺が振り向いたらいなくなってたんだよ!」
会話は平行線だ。というか俺は絶対に迷子になってないし。気がついたらいなくなってたのは絶対にアキラのほうだ。アキラは疲れたようにため息を吐いて切原が座っていた席に腰を下ろした。そこにはまだ口のつけられていないジュースと、少し中身が減ったポテトがある。
「それ、食べていいよ」
「え、マジ?サンキュー、深司!」
アキラは何の疑いもなしにポテトを食べ始めた。さっきまで怒っていたことも忘れたように「深司たまには優しいな」とか言っているので、俺は「それは切原の食べ残しだ」とは言えなくなってしまって、仕方が無いからハンバーガーを買ってあげた。