きみのとなり


新幹線の中は酷く騒がしかった。
まぁ修学旅行と言う一大イベントで生徒達のテンションが上がっているのも 頷けるわけで、最初に決められた席にじっと座っているわけもなく、みんな好き勝手なところに行っては楽しそうに騒いでいる。
そして俺も例に漏れず、自分のクラスの座席から離れてここまで来ている。 と言うのに、隣の席に座っている深司はぼんやりと窓の外を見ているのだから、俺はどうしたものかな、と思って持ってきていたポッキーを一本口にした。 そのほかにも、色んなやつから貰ったお菓子で座席のトレイの上はいっぱいだ。それでもさっきまでもっとあったのだから、どうやら深司も少しずつ食べてはいるようだった。
「しんじぃ」
「...なに」
「ねむいのか?」
やたら間を空けて返事が返ってきたので、眠いのかと思って顔を覗き込んだら迷惑そうな目でにらみ付けられた。起きてはいるらしい。
「なに、アキラは眠そうだなって思うのに寝させてくれないの? 自分が起きてるからってわざわざ相手にも付き合わせるんだ?」
「そういうつもりで言ったんじゃねぇよ」
しかし機嫌はどうやらちょっとよくないようだ。ようやくこっちを見てくれたのはいいが睨みつけられながらぶつぶつと文句を言われるのは、こっちとしても精神衛生上よろしくない。
別に悪気があって言ったわけではないし、 それは普段の深司からしてもわかっているだろうに、なんだかやけに つっかかられている気がするのは俺の気のせいなのだろうか。
「どうしたんだよ、深司」
「うるさいから」
まわりが、と小さくつぶやいたので、あぁそれは確かになと納得した。 でもみんなそれだけ楽しいってことなんだし、普段なら俺も率先して騒ぐほうだからなんとも言えずに困ってしまった。
深司はぷいとまた横を向いてしまって、窓の外の景色を見ている。黙ってその横顔を見ていると、深司がまるでなんでもないことのように
「アキラも俺なんかのところじゃなくてむこうにいけば」
と言ったので、俺はその言葉の意味を理解するのにちょっと時間がかかった。え?と、ちゃんと聞こえてたのに思わず聞き返すと、面倒くさそうな顔で
「つまんないだろ?」
と言うので、こいつは何を勘違いしてるのだろうと思って、一瞬で腹立たしさがこみ上げた。 別につまらないのに無理してここにいるわけじゃないし、ましてやこいつが一人で可哀想だからとか思ってここにいるわけでもない。
なのにきっと、こいつは頭の中では俺がそう思ってるって考えているんだ、きっと。
「俺は、むこうになんかいかないからな」
自然と声に怒りがこもってしまうのをとめることなんてできなくて、腹立たしさのままに言ってやった言葉は深司を驚かせたらしい、まんまるな目をして驚いたようにこっちを見た。 意外に深司は強気に言われる事に弱いのだ。特に俺からだと、余計に。
「……なんで」
「深司の隣に居たいからだろ」
じゃなかったら、休憩時間にしょっちゅうお前のクラスにいかねぇよ。 それも付け足してやれば、深司は俺の顔を凝視しながら黙り込んで、それからぎこちなく 顔を俯かせた。小さく「…そう」と言う声がきこえたので、そうだ、と言ってやった。
「……あ」
いま思い出した、という感じで深司が足元にある自分の鞄をごそごそと漁りだす。 なんだろうと思って覗き見たら、コンビニの袋の中から俺の大好きなお菓子が顔を出していた。
「これ、あげる」
昨日、適当に買ってきた。と、俺にコンビニの袋ごと押し付けた深司は仏頂面だったが、 俺にはそれが適当に買ってきたものじゃないとすぐにわかった。わざわざ選んでくれたのは 一目瞭然で、だけどそれを言ったら深司は怒るだろうから言わなかった。
「これ好きなんだよな、サンキュ」
「そう」
これくらいでちょうどいい。そうすると深司はようやく機嫌がよくなってきたのか、 ぽつりぽつりと旅行のこととか、家を出る直前まで妹達が一緒に行くと言ってきかなかった 事とか、そんな事を話し出したので、俺も笑いながらその話に乗った。
「あ、そうだ。夜、深司の部屋で寝るから」
「は?…いや、俺、一人部屋じゃないし」
「深司と同室の奴には部屋交換してくれって話はつけてるって!あー、夜、楽しみだな!!」
「…ゆっくり寝れなさそうで嫌だなぁ」
そんな事を呟くその顔が本当は微笑んでいることくらい俺にはお見通しだ!