黄金週間前


千石さんがゴールデンウイークは暇なんだーとつまらなさそうに笑う。
千石さんには予定がないらしい。いいじゃないですか、家でのんびりすれば、と返せばえーと言って唇を尖らせた。 そんなのつまらないじゃない、腐っちゃうよ。 言いながら、グラスに入っているジュースを飲む。
その気持ちはわからないでもないから、誰かを誘ってどこかにでかけたらどうですか? と言ったら物凄く瞳を輝かせてこちらを見てきた。
伊吹君は?俺は不動峰のメンバーでキャンプです。 橘さんが発案者だから反対意見なんてでるわけもない。むしろみんな楽しみにしている。
そう言ってやれば千石さんは伊武くんのばか!と言ってそれきりだんまりだった。 結局千石さんはカフェを出てもだんまりだったけど、それは怒っているからじゃないと言うのを俺はよくわかっている。
本当は怒っていたのは最初だけで、でもいまさら謝ることもできずに もしかして俺が怒っているんじゃないかとか考えたらいよいよどうしていいかわからなくなって、 それで黙るしかなかったのだろう。それくらいのことはわかるくらいの付き合いなのだ。
俺を甘く見て貰っては困る。まぁ困ってどうするという話だが。別にどうもしないけど。 まぁとにかくこの状態は非常によろしくないと言うことはわかる。
俺は時計をちらりと見た。6時54分。7時から見たい番組があるんだよなぁと頭の中で新聞の番組欄を広げる。 でもこの状態だとお互い何も言い出せず、かと言って帰ることもできずに街をあてどもなくぶらぶらするだけなのだ。 経験上わかっている。
あー。思わず声が出た。千石さんは吃驚したように目を丸くして俺を見ている。 だから怒ってるわけじゃないのに、なんでそんなビクビクしてるんだろう、この人。いつもはそんなんじゃないだろ。
「千石さん、キャンプって言っても別にゴールデンウィークの休み全部それで潰れるってわけじゃないんだけど。 わかってるのかなぁ…わかってないよなぁ」
せめて聞こえにくいように思いっきりぼそぼそ呟いてやるのだが、 そういうのを聞き逃すこの人ではない。途端に沈んでいた顔を輝かせて、伊武くん!! なんて甘ったるい声を出して抱きついてきた。あぁうざい。
「じゃあ、じゃあ、俺と遊ぼうね、伊武君!!」
はいはい。適当に返事してやったのに、千石さんは休みをどう過ごすかを嬉しそうに語り始めている。あーぁ。