プリーズギブミー



三年面子が同じ高校に行ったと言う設定で。




「金ちゃん、携帯買ったんやってなぁ」

と言う本当に何気ない謙也の漏らした一言によって、事態は妙な方向へと転がっていった。 さらにこの状況を悪化させたのは、千歳達の「あぁ、そうらしいなぁ」と言う同意の言葉だ。
その会話のやり取りを聞いていた(まぁ一緒に昼ごはんを食べているのだから聞こえるのは当然なのだが) 白石は、「はぁ?」と一切の感情を無くしたような表情で謙也に詰め寄った。 声のドスがききすぎていて、非常に恐ろしい。
「なんやそれ、謙也。誰から聞いてん」
「誰からって…光からやけど。なんや、知らんかったんか?」
「知らんし。めっちゃ知らんし。なんやそれ!!」
お前らいつから知っててん!!紙パックのジュースを握り締めながら今にも胸倉を掴んできそうな白石を、千歳が 「おちつかんね白石!!」と必死に止めている。白石に迫られている謙也はちょっと泣きそうになった。
こいつ、ほんま、昔から金ちゃんに関してはマジで怖い。
金ちゃんのように白石の『毒手』を信じているわけではないが、この男なら本当に なにか人知を超えた力を持っていそうだとすら思える。 今にも謙也を呪い殺しそうな白石に、本気で危険を感じたのか、ユウジが助け舟に入った。
「落ち着きぃや!俺と小春かて知ったんは昨日やで」
「そうそう。別に前から知ってて黙ってたわけやないし」
仲間はずれにしてたわけじゃないんよーと場の雰囲気を穏便にさせようとする小春だったが、 それでも白石の怒りは収まらなかった。
「仲間はずれとか関係あらへん!金ちゃんとメールしやがってお前らぁあ!!」
暴れる白石の手は、それまで彼が持っていたジュースの紙パックをべこべこにヘコませた。 中身が飛び出て教室の床をぬらしているが、白石はそんな事に気付きもせずに自分を取り押さえる千歳を 引き剥がそうとしていた。ぬれた床を銀が丁寧にぞうきんで拭いている。
銀さん…ありがとう…!
その場にいた誰もが銀への好感度を大幅に上げた。

「え?金太郎さんとメールなんてアタシしてないわよ」
「俺も」
「俺もや」
「俺も、光から買ったんを教えて貰っただけで、アドレスも番号も知らんで」

あれ?白石は首をかしげた。今まで発していたどす黒いオーラは消え、千歳に抵抗していた力もふっと弱まる。 まるで憑き物が落ちたかのように、白石はいつもの彼に戻った。その変わりようがまた恐ろしいのだが。
「金太郎はんに使い方覚えさせるために、自分で先輩らに教えさせますて言うとった」
床を吹き終わった銀が、ぞうきんを片手に説明をしてくれた。そこでようやく白石は自分の手の中の ジュースがどうなっているかに気付き、銀にすまんと頭を下げる。
「って言う事は、金ちゃんが自分で送ってくるまで待つしかないっちゅーこっちゃな」
「なんや、財前、金ちゃんのおかんみたいになっとるやんか。携帯持たせた理由も、いい加減迷子になられるのが 困るからやって言うてたしな」
「財前…一回シメたらなあかんな」
「恐ろしいこと言うもんちゃうわよ」
いつの間にかぞうきんを洗って元の場所に戻してきた銀も席につき、他愛も無い雑談が再開される。 とりあえずいつもの昼休みが戻ってきた事に、クラスメイトたちはほっと胸をなでおろした。 しかし、唐突に震えだした千歳の携帯電話が、そんないい雰囲気を粉々に打ち砕いた。
「あ、金ちゃんからメール来とる」
「なんやとおおおお!?」
ガタガタと音を立てて白石が立ち上がる。その勢いで彼の椅子がけたたましい音を立てて転がったが、 白石はそれどころではなかった。クラスメイトからどれだけ注目されようと、関係無い。
金太郎からのメールが、自分ではなく千歳に真っ先に来たのだから、 これは白石にとって由々しき事態だったのだ。
「なんで千歳に先に来んねん…!!」
「まぁまぁ。見てもよかよ」
はい、と携帯を渡され、白石はあっさりと千歳の携帯の画面を見た。 なんだかんだと文句を言っても、金太郎からのメールなのだ。気にならないわけもなく、 見れるものならば見せて貰う以外に選択肢は無い。
『けいたいかったでこれあどれすや』

たった15文字。それが金太郎からのメールのすべてだった。 自分の名前も無い。普通ならば誰からのメールかわからないところだが、この大雑把な感じは 間違いなく金太郎だと言うことが皆にはわかった。 白石の後ろから覗き込むようにして見ていた小春が、思わず呟く。
「変換も改行もなんもないわね…」
「おかんから貰ったメールってこんな感じやんな」
「ばってん、むぞらしか」
千歳は携帯を白石の手から素早く奪い返すと、金太郎からのメールを保護にしておいた。 これは金太郎からのメール第一号として置いておこう。
千歳が幸せそうに笑う。 それとは反対に白石の顔はどんどん無表情になっていくのだが、千歳はちっとも気にしていないのだ。 謙也は千歳のこう言うところは見習うべきかと思った。
「あれ?俺にもメール来た」
次にメールが来たのはユウジだった。軽快なメロディが教室に鳴り響き(確かこの曲は小春の好きな曲だ) 、ユウジは自分の携帯画面を開く。まさか、金太郎からか!?と届いたメールを見てみれば、

『携帯買ったでこれアドレスや。光がよこからうるさい』

と言う文字が画面に表示された。ひらがなだけのさっきのメールとは違い、今度は漢字も混じっている。
「おお、変換できるようになっとる!!」
「ほんまやねぇ」
子供の成長を見守るような気持ちになりながらメールを見ていると、どんどんと他の人間にもメールが届きだした。 記号が入っていたり、改行されていたり、けど打ち間違いがあったりして非常に微笑ましい。 けれどそれと同時に白石のテンションはどんどん下がっていた。
来ないのだ。白石に、金太郎からメールが。
まだ携帯自体に慣れてないから文字を打つのが遅いに違いない、励ましても椅子にぐったり座って俯き加減になったままだ。 だんだん、金太郎のメールで盛り上がるのも申し訳ないようになってきた謙也達は、もうこの話題を終わりにさせ ようとしたのだが(どうせ昼休みももう終わりだ)ちょうどその瞬間、白石の携帯が鳴り始めた。

「白石!!金ちゃんからちゃうんか!?」
「はよ見てみ!!」

周りに急かされ、白石は震える手つきで携帯の画面を開いた。新着メールが一件。 差出人は不明だが、それは確実に金太郎に違いなかった。


『携帯買ったでー!光におしえてもらっとるんや。よろしゅう


おお、とうとう絵文字まで使えるようになったんか!えらいなー金ちゃんは。 盛り上がる一同に、白石は彼らとはまた違った別の意味で盛り上がった。
「金ちゃん…!!俺へのメールだけにハートマーク使うなんて…!! ようやく俺への気持ちに気付いたんやな!!」
「いやどう考えたって、間違って押したか適当に絵文字選んだかの二択やろ」
「あかんわ、ユウ君。蔵リン聞いてないわ」
今にも携帯を抱きしめて踊りだしそうな白石に、一同は深いため息を吐く。
「中学ん時より酷かね」
「会える時間が減ったから余計やろなぁ…」
教室の壁にかけられている時計を見れば、あと五分で昼休憩が終わるところだった。 そろそろ自分のクラスに戻らねば…と言う事で、謙也を除いた他の面々は立ち上がって自分が 使っていた椅子や机を元の場所に戻し始めた。そしてそのままあっさりと帰っていってしまう。
一人取り残される形になる謙也は、がっくりと肩を落とす。どうしてまた白石と同じクラスになってしまったのか。 自分のツイてなさを恨んだ。そしてとりあえず、光に電話をかけた。
『なんスか』
『今度、一切、白石へのメールにハートマークは禁止や!!!」
『…その言葉だけでそっちで何が起きてるか一瞬で理解しましたわ』
携帯を切り、謙也は白石にちらりと目をやった。頬を染めて喜ぶその表情は美少女にこそ許されるものだ。 とりあえずあと5分足らずでどうやったら白石が元に戻るかを謙也は考え始めた。

(うん、無理!)