冒険者たち



例えば修学旅行。
宿泊先のホテル若しくは旅館を、端から端まで探検したくなる人間と言うのが必ずクラスに一人くらいは存在する。 遠山金太郎も例に漏れず、そういうタイプの人間だった。

U-17選抜合宿の合宿所は、とにかく広い。参加者が多いのでそれも当然なのだが、 金太郎はその広さに早速わくわくしていた。 もはや金太郎の中に「探検しない」と言う選択肢など無い。 自分の部屋に荷物を置くのもそこそこにし、金太郎は白石に向かって
「なぁ、探検しよーやぁ!」
とせっついたのだが、どうにも話にのってくれない。
はいはい、後でなーなんて軽くあしらわれて、後やなくて今がいい!と言えば毒手を出されてしまった。 さすがに毒手を出されれば金太郎も黙るしかなく、結局他の四天宝寺の面子を誘っても誰ものってくれなかったので、 金太郎は一人で探検をすることにした。
道すがら会う人間に声をかけるも、やはり誰一人として金太郎と一緒に探検してくれる者はいない。 みんな付き合い悪いな〜なんてぼやきながら歩いていると、ふいに金太郎の目に一人の少年が目に止まった。
名古屋星徳の一年、リリアデント・蔵兎座だ。 おお、外人さんや!物怖じしない金太郎はすぐに彼の傍に駆け寄ると、「なぁなぁ!」と声をかけた。
自販機に顔を向けていた蔵兎座が振り向く。自分に声をかけたのが金太郎だとわかると、不思議そうに首をかしげた。
なぜ話しかけられたのかがわからないのだろう。その顔には警戒も見える。しかし金太郎はにこっと笑った。
「わい、遠山金太郎いいますねん!よろしゅう!」
「……?」
日本語に不慣れな蔵兎座が、標準語ではない関西弁など理解できるはずも無く、さらに首をかしげる。 金太郎の笑顔に敵意は無いことだけはわかったのか、顰められていた眉がゆるゆると元に戻る。
「わからん?とおやま、きんたろう!」
どうやら自分の言葉が通じていないと言うことに気付いた金太郎は、自分を指差して己の名前をもう一度、 今度はゆっくりと口にした。 蔵兎座が戸惑いながら口を開く。
「とーやま、きんたろー?」
おお、そやそや!手を叩いて喜ぶ金太郎に、とりあえず名乗られたからには自分も名乗り返さねばならないだろうと 蔵兎座が自分の名を口にする。
しかし、ネイティブな発音の英語を金太郎が聞き取れるはずも無い。 まるで呪文のような言葉に「なんて?」と、今度は金太郎の方が首をかしげた。
蔵兎座は律儀にもう一度名乗ったが、それでも金太郎に通じない。
ハァ、とため息を一つついてさっきの金太郎のように、蔵兎座も
「リ、リ、デ、ア、ン、ト、蔵、兎、座」
と非常にゆっくりとした口調で名乗った。おお!と声を上げて金太郎の表情が明るくなる。 ようやく伝わったのだろう。
「くらうざ!蔵がつくんか!うちんとこの白石も、下の名前に蔵がつくねん!おそろいやなぁ!」
おそろいやー!と言って笑う金太郎の言葉の意味をやはり蔵兎座がわかるはずも無い。 日本語のわからない蔵兎座に、笑顔で酷い言葉を投げつける人間もいるが、金太郎からそのようなものは感じられない。 悪意がないからこそ、蔵兎座にはどうしていいかがわからなかった。
「なぁなぁ、一緒に探検しようや!」
だから金太郎が蔵兎座の腕を引っ張る意味もわからなかった。 なんだか懐かれてしまったのか?蔵兎座の頭の上に疑問符が跳びまくる。 しかし彼を助けてくれる者は今のところ誰もいない。
「英語で探検しよーってなんて言うたらえぇんやろ?…あ、コシマエ!!ちょうどえぇとこ来たわ!!」
金太郎はこちらに向かってやってくる越前リョーマに気付き、ぶんぶんと手を振った。 うわ、見つかった。そう言いたげな顔をしながら、しかし逃げることもできないと悟ったのか、 リョーマが嫌そうな顔をして近づいてくる。
「…なんか用?」
「なぁ、一緒に合宿所の中探検しよーってくらうざに言うてや!」
「はぁ?探検って…」
小学生じゃないんだし…と呆れるリョーマだが、苦言を呈したところで金太郎が素直に はいそうですねと言うわけもないと言う事を、彼はよくわかっていた。
仕方がないとため息を吐きながら、英語で 「アンタ、一緒に合宿所の中を探検しないかってさ」 と通訳してやると、蔵兎座は目を丸くさせて信じられない!と言いたげな顔をした。 その気持ちはリョーマにもよくわかる。
「…小学生か、お前ら」
が、蔵兎座のこの発言がリョーマの癇に障った。
探検したいのはあくまで金太郎個人であって、決してリョーマではないのだ。一緒くたにされては困る。
「なぁ、くらうざ、なんて?」
「…一緒に行きたいって」
だからこれはちょっとした仕返しなのだ。リョーマがニヤリと笑むのを、蔵兎座は見逃さなかった。 その笑みが気になって、声をあげようとした時だ。
金太郎が再度、蔵兎座の腕を掴んだ。その手の力は、遠慮を知らない赤ん坊のように強く、離すことができない。
「よっしゃー!!ほな、すぐに行くでぇ!!」
ぐいぐいと自分を引っ張る金太郎を見て、蔵兎座は気がついた。 リョーマが余計な事を言ったのだと。おまえ、この子に何を言った!と蔵兎座が怒鳴ってもリョーマは知らん顔だ。 用は済んだと言わんばかりの顔でこの場を立ち去ろうとして、しかし何者かに服をぎゅっと掴まれて阻止された。
「ちょっと、放してくれない?」
見れば金太郎の、あいているほうの手がリョーマの服を掴んでいる。嫌な予感がした。
「なに言うてんねん。通訳おらなどないすんねんや」
ああもっと早くに逃げておくべきだったか。そもそも関わらなければよかったと思っても、もう遅いのだ。