へんなしらいししってるよ




読む前にワンクッション!
・白石の頭がおかしい
・謙也がとばっちり
・金ちゃん首だけ出演
・江戸川乱歩の『白昼夢』やってみました。
それでもOKな方はどうぞ!










太陽がアスファルトを焦がしとる。ただただ、ひたすらに暑い。 一歩歩くたびに背中を汗が伝って気持ち悪いけど、我慢をして歩く。 立ち止まる暇があるんやったら、歩いてはよ家に帰りたい。 誰もおらん家の中で、扇風機の前を陣取って、冷たい麦茶でも飲みたい。 ただその思いだけが俺を動かしとった。 なんでこんな日に外に出てしまったんか、数時間前の自分自身を恨めしく思いながら鬱々として歩いとると、 目の前、何メートルか先の店先に人だかりができてることに気付いた。 十人以上はおる、その人だかりが見てるだけで暑苦しい。こんなクソ暑い日に、ようそんな固まっておられるわ。 どうせその人だかりの中心におるんは、くだらん物を売ってる商い人やろ。 心の中で吐き捨てて、また足を進めだす。すると見えてきたのは、その人だかりができとる店の看板。 殆どペンキが剥げてしもてるその看板に書かれてたのは「薬」の一文字。 どうせインチキくさい薬を年寄りにでも売りつけとんのや。決め付けて、歩みを速める。 人だかりはどんどん近付いてくる。 ふいにその人だかりが気になったのは、その真ん中で喋っとる若い男の声と、その周りの人間からあふれる笑い声。 薬屋で何をそんなにおもろいことがあるねん? 男の声はまだこの距離でははっきりと聞こえへん。笑い声はさざなみみたいに、だんだんと、 ゆるやかに大きくなっていく。 とうとう俺はその人だかりの傍で足を止めてしまった。 さっきから何かを叫んでる若い男は、左手に包帯をしてること以外は、俺とさほど年もかわらんやろうな奴やった。 そして、その男が手に持ってるものを見て、俺は息を呑んだ。それは小さな首やった。子供の。 せやけど、よく考えたらそんなもんを手に持ってるなんてわけあらへん。どうせそれは人形の首やろう。 周りの人間もそう思ってるんか、誰も慌てた顔はしてへんかった。

「さぁ、見てや!この可愛い子は俺の弟や!そんじょそこらの女には負けへん、小さい口、丸い目! どこをとっても可愛らしいやろ!せやけど手ぇのかかるゴンタクレでなぁ、俺がこんなに愛しとんのに、 すぐに俺の傍から離れてまう!別の男のとこ行きよるねん!」

湧き上がる笑い。哀れみ、嘲り。それは男を馬鹿にしとる声。 自分よりも可哀想な、馬鹿な男がおると。道化を見る目。

「俺はそれが許せん。可愛いこの子が他のやつのもんになるなんて、絶対に許せん! …せやから、ここだけの話、俺はこの子を殺しましてん」

男が声をひそめて、まるでほんまの事のように話す。 また湧き上がる笑い。野次が飛ぶ。それならその子はなんやねん、と。

「これは、正しく俺の弟や!うちの店にはな、人には売られへん、 門外不出の薬がぎょうさんある。その中の一つに、死体を永遠に腐らせずに保たせる不思議な水がある。 それにこの子の体を漬けておくとな、まるで生きてる頃のように肌が若々しさを保って、 今にも動き出しそうなくらい綺麗になるっちゅうことや!」

女が、それならわたしに売ってぇな!と叫ぶ。

「あかんあかん。門外不出やって言うたやろ?ほんまはこんなんが存在する事も言うたらあかんのや。 せやけど、俺はどうしてもこの愛らしい弟の顔を、見せびらかしたくなった。 死して尚、否、生きとる人間よりも美しい!さぁ、見たってや!これが俺の最愛の弟や!」

また笑い声が通りに響く。俺は笑うことができへん。なんで、笑えるんや。 こんな、くだらん、頭のおかしい男の戯言に、そこまで笑えることがあるか? みんなが笑う中、俺だけ笑ってなかったのはさぞ異質やったやろう。男が俺を見た。 暗い目やった。せやのに、声だけは嬉々としたものや。

「兄ちゃんも、もっと近くで見たってや!可愛いやろう?閉じ込めておきたなるやろう?」

誰かにどん、と背中を押された。近寄るつもりは無かったのに、男が褒め称える弟の顔が近づく。 綺麗な顔やった。小さな唇は荒れてもない、艶やかなもの。 大きな目は、今は虚ろな色をしてるけど、きっとほんまはもっと輝いて…。 俺は思わず声をあげそうになった。ざっとその首から距離を取って離れる。 男は笑って、さっきと同じ事を繰り返し、民衆はまた馬鹿みたいに笑っとるけど、俺は笑うことができんかった。 人ごみを掻き分け、押し返してくる力に飲まれそうになりながらも、必死に道を作る。 ようやく人だかりから出てきた俺は、全身が汗まみれでぐちゃぐちゃやった。 それでも足早にその場を離れる。男の声が遠ざかる。笑い声も。 思わず耳を塞ぐ直前に聞こえたのは、男の「さぁ、見てや!」と言う叫び声。 あの男は狂ってる。そして、あの狂った男をあざけ笑ってる奴らも。 あの首は本物やった。 あの首の目に埋まっていたのは硝子玉でもなんでもない。本物の目。 男の言うことは戯言なんかやない。すべて真実。 拍手が背後で沸き起こる。 俺はとうとう走り出した。恐ろしくて、恐ろしくて、そしてあの狂った男の、けれど幸せそうな笑顔が少しだけ羨ましかった。