素直になるのも大変なのだ




最近の昼休みはわりかし騒がしい。
と言うのも、ここ最近、赤也と仁王、それからブン太が何故かこの教室に集まってきてはPSPで遊んでいるからだ。
今流行の、通信で友達と一緒に冒険することができるRPGらしい。 なぜこの教室にわざわざ来るのか、甚だ疑問だ。 赤也に訊ねれば「だって先輩らとプレイするとおもしれーんスよ」と言われた。 ならば仁王とブン太はなぜうちのクラスに来るのだろう。わからん。
ゲームをプレイしながら、いつも聞いてもいないのに赤也が「これはこうなってるんスよ」 と画面を見せて説明してくれる。もしかすると、一度赤也に「柳さんもやればいいのに」と誘われて、 「自分は見ているほうが好きだ」と答えたからかもしれない。
ならばこれは赤也の好意だ。水を差すわけにもいくまい。 本当の所はと言うと、見ているほうも何も、そもそもPSPと言うものを持っていなかった。
思えば自分はゲームと言うのを一つも持っていない。 正直にそう言ってしまうという選択肢もあったと言うのに、自分はなぜこちらを選んでしまったのだろうか。 けれど、見せて貰うのも案外面白いものだった。
アイテムの効果、技の出すタイミング、敵の弱点、赤也の操作パターン。 それらをデータとして得てみるのも悪くは無かった。
「赤也、そこは右に避けてみるといい」
「おぉっ!さっすが柳さん!」
最近では、横からついつい口出しをしてしまう。無駄にアイテムの名前や、モンスターの名前まで覚えだす始末だ。
「柳…お前さんそこまで口出すなら、買えばいいぜよ」
「そうだぜぃ。なんならちょっとやって見るか?」
そう言ってブン太がPSPをこちらに差し出すので、つい受け取ってしまった。 このボタンでこうやって…と一通りのレクチャーを受けて、自分でもキャラクターを動かしてみる。が。
「…柳、へったくそ」
「…見ていると実際やってみるとでは、随分違うんだな」
思ったように動かないのだ、全く。思っている方向へ歩き出さないし、使うつもりの無かったアイテムを、 ボタンを押し間違えて使ってしまう。
さらに右往左往していると、モンスターが現れてしまった。 もちろんうまく攻撃できるはずもなく、ただ成すすべも無くキャラクターがボコボコにされて 体力ゲージが一瞬で真っ赤になってしまう。
「ちょ、死ぬ死ぬ!!」
慌ててブン太が俺の手からPSPを奪い返した。 必死に操作をしているブン太が、やがて「あせった…」と言って一息ついたので、どうやらなんとかなったらしい、 と言うことはわかった。
「まぁ、やったことないんだから仕方ないッスよ!」
俺だって最初、ぜんぜんやり方わかんなかったし!なんて言って赤也が笑いかけてくる。 …もしかしてこれは、フォローされているのだろうか。と思った瞬間、悔しさみたいなものが込み上げてきた。
別にゲームがうまくできなかったくらい、自分は何も気にしてなどいないのだ。 なのになぜそんなフォローを入れられねばならないのだろう。 それではまるで、自分がゲームがうまくできなくて悔しがっているみたいではないか。 なんだかそれが癪に障って、暫く喋る気になれなかった。


帰宅すると、居間のテーブルの上にはいろいろな広告が広げられていた。母だ。 きっとスーパーのチラシを見比べて、どれが安いか、何円安くなっているかなどをリサーチしていたのだろう。
当の本人はいないので、出しっぱなしのまま買い物にでも出てしまったようだ。 何とはなしに手にとって見る。母の買い物に付き合ったことも殆ど無いので、 大特価と赤文字ででかでかと書かれていても、これがどれほど安いのかがわからない。
ふと、その中にこの辺では一番大きな家電量販店の広告を見つける。 そこには、一日限りでPSPが値下げして売られるということが書かれていた。
…買えないことは無い値段なのだ。別に。いや、しかし…。
広告を手にとって考え込んでいると、たまたまそこを姉に見られてしまった。
「蓮二、ゲームが欲しいの?」
珍しい!と姉は笑顔だ。俺がゲームに興味を示すのがそんなに珍しいのか、違うと否定しようとしたが 「そうよねぇ、お友達と一緒にやりたいわよねぇ」なんてほわわんとした笑顔を向けられて、黙り込む。
結局、夕食の時間に姉はその話を両親に持ち出し、両親も姉と同じように珍しがった。そして、嬉しそうに笑った。
「蓮二は小さい頃から難しい本ばかり欲しがっていたのに…!なんだか嬉しいわぁ」
確かに、俺は子供の頃からゲームには興味が無かった。欲しがるのは辞典とか、 小難しい本ばかりで、およそかわいくない子供だったに違いない。 しかし、俺はそれで満足だった。他のものを、欲しいと思わなかった。のに。
数日後、俺の部屋の机にPSPが置かれていた。別に買って欲しいと頼んだわけでもなく、 自分の小遣いから出そうと思っていたのだが、あまりにも珍しかったのか、両親が買ってきてくれたのだ。
こうして、俺は赤也が一年かけてサンタに頼み込んでようやっと手に入れたPSPを、いとも簡単に手に入れてしまった。
「ゲームソフトはおねえちゃんが買ってあげるからね!」
そんなわけで、週末は姉と買い物に行くことになった。


結局、俺は姉に赤也達が夢中になってやっているゲームソフトを買って貰った。 貰ったはいいが、赤也にはまだ言っていない。
なんと言っていいのかがわからなかった。それに、買ったと言えばやっぱりあの時悔しかったからか… と思われてしまうのではないかと考えてしまったのだ。我ながら心が狭いな、と思わないでもなかったが。
一人でちょっとプレイしてみたが、すぐにやめてしまった。 あんなに皆が楽しそうにやってたのは、やはり大人数でやっていたからなのだろう。
俺は自分の小遣いで謎解き系のゲームを買った。これが案外おもしろい。 それ以外にも、ラジオを聴いたりインターネットをしたりといろいろ活用している。中々便利なものだ。
「ちょ、柳さん!こいつ倒せねーっ!!」
「そいつは右後ろに隙がある。そこを重点的に狙えばいい」
「おお、さっすが柳さん!」
「ナイス判断じゃの」
「よっし、一気にいくぜぃ!」
赤也達は相変わらず俺の教室でゲームをやっている。 この間、何故このクラスに来るのかブン太に訊いたら、 「参謀の的確な指示があったほうがやりやすいんだよ」ということだった。 自分がそこまで口出しをしていたとは、意識してなかったのでなんだか少し恥ずかしかった。
「柳さんも早く買えばいいのに」
「…そうだな」
週末、赤也がうちに泊まりに来る。きっとその時にバレるのだろう。 赤也の驚く顔を想像したら少し笑えた。