面倒くさい人たち




財前光が三年八組の教室を覗いたのにはきちんと理由がある。 それは部活に何時までたっても顔を出さない遠山金太郎を探してだったのだが、 教室の中を覗けば見知った人間が居たので、とりあえず財前は声をかけた。
「先輩、金太郎見ませんでしたか」
「うお、ビックリしたぁ…」
急に声をかけられるとは思っていなかったらしい、 机に向かっていた一氏ユウジは目を丸くさせて財前のほうを向いた。
だが別に財前は驚かせて悪かったなんて少しも思わないので、特に謝りもしなかった。 一氏もそんな財前の性格をわかっているので、非難するような事もしない。
「俺は見て無いけどなぁ。そもそも教室ずっとおったから、誰も見てないわ。なんや、金太郎さんが来ぉへんのか」
「そうっスわ。あぁもうめんどくさい…」
「大変やなぁ、部長」
言われて、財前はカチンと来た。けれどいくらムカついたとは言え、 三年に文句を言う筋合いなど無いことはわかっている。 自分が次期部長になるのは随分前からわかっていたことだし、 金太郎と言う存在が自分の手を焼かせるであろう事もわかっていた。が。
三年が引退してからと言うもの、財前は白石の偉大さを、もっと厳密に言えば毒手の偉大さを実感していた。 何せ金太郎は財前には手に余る存在だったのだ。わかってはいたが。
「とりあえず、先輩らに金太郎連れて行くな言うといて下さい」
幾ら手の焼けるゴンタクレだからと言って、金太郎が部活動をサボると言うことは無い。 彼はテニスと言うものを愛している。
なら何故サボるかと言うと、大体の理由は居残り勉強をさせられているか、 誰かに連れ出されているかのどちらかだ(大方、たこ焼きを奢ってやるとか言われて能天気についていくのだろう)。
そしてその金太郎を連れ出す犯人は白石蔵ノ介とか、忍足謙也で、今日もここに来るまでに彼らが一緒にいるのを見た、 と言う目撃情報を財前は掴んでいた。そして、まだ学校から帰っては居ないと言うことも。
「言うとくけど…。まぁ無駄やと思うで?」
「……わかってます。…あの二人は金太郎に甘いッスわ」
財前がふと見れば、一氏の机の上には何かの問題集が広げられてあり、それから辞書なんかも用意されてある。 受験勉強、と言うのはすぐにわかった。
「…必死っスね」
「あったり前やろ!」
胸を張って言われ、財前は呆れた。一氏がここまで勉強に励む、理由が理由だからだ。
「そんなんしたかて小春先輩と同じとこ行けるわけないやないですか」
言ってやれば、うう…と一氏が項垂れる。どうやらそれは自分自身でもよくわかっているらしい。 何せ金色小春はIQ200の天才なのだ。そんな彼だから、きっと進学先は財前や、 一氏が容易にいけるようなところではないのだろう。多分、努力したって、無駄なところだ。 なのに一氏は必死になって勉強をしている。小春と一緒の高校へ行きたいがため、それだけのために。 財前には理解しがたかった。
「どうせ無駄な努力なん、わかってる。せやけど、やらんよりマシや」
やったって無駄なのに、なぜ努力するのか。財前はわからない。 それほどまでに誰かを好きになったことも無いし、いつか自分も同じようなことをするのだろうかと考えてみたが、 そんな自分はまるで想像できなかった。
「まぁ、精々頑張ってください。無駄ですけど」
「うっさいわ!はよ金太郎さん探しに行け!」
言われなくても、探しに行くつもりだと財前は教室を後にする。 相変わらず金太郎は何処にいるかわからないし、今の一氏とのやり取りで苛々するし、 財前の機嫌は急降下しつつあった。
もうなんだか面倒くさくなってきて、諦めて部室へ戻ろうかとした時だった。 階段を降りようとする財前とは反対に、金色小春が階段を登ってきたのだ。
「あら、光やないの」
「……待ったはりますよ」
小さく頭を下げ、誰がとは言わずに告げれば、「あぁ、」と頷かれた。そんなの、当然だと言わんばかりに。 きっと小春は、一氏が小春を待っている間、何をしているかもわかっているのだ。
「…えぇ加減、ほんまの事言うたったらどうですか?」
「優しいわねぇ、光は。でもまだ言うつもりは無いわ」
財前は知っている。一氏の努力が、本当に、無駄だと言うことを。
なぜなら小春は財前や、一氏では到底いけないようなところに進学するつもりなど、毛頭無いからだ。 一氏でも行けるようなところに行くつもりだと言うことを、財前は知っている。
否、財前だけでなく、一氏以外は皆知っていた。ただ小春が口止めをするので彼に知らせていないだけで。
「めっちゃうざいんですけど、見てて」
「だって、ユウ君、うちらが初めてコンビ組んだ時に言うた事忘れてるねんもん」
「はぁ?」
「ずっと二人でコンビ組んで、お笑いで天下取ろうって言ったんよ。あたしあのとき、うんって言うたのに」
だから一緒の道を歩むつもりなのに、一氏は小春が、自分を置いていってしまうと思い込んでいるのだと。 財前はその言葉に、今度こそあきれ返った。馬鹿らしいと思った。
ただの痴話喧嘩やないか。付き合っていられないと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとする財前に、 小春は「金太郎さん、さっき中庭で見たわよ」と言うので、思わず財前は小春の顔を見た。 財前がどうしてここに居るか、お見通しらしい。
「…なにしてました?」
「千歳と遊んでたみたいやけど」
今回の犯人は彼であったか、と財前はため息を吐く。しかしぼやぼやしてはいられない。 いつ金太郎達が気分を変えて、どこか別の場所に行ってしまうのかわからないのだ。
財前は「ほな、」と言って急いで階段を駆け下りた。 背後から「がんばりやぁ」と言う声が聞こえるが、いちいち返事をしている暇は無い。
中庭へ急ぎながら、財前は考える。何時になれば小春は一氏に本当の事を言うのだろうか。 そのとき、きっと一氏は怒るより、驚くより、多分喜ぶのだろうな。 財前にはわからない。多分、永遠に。
(て言うか、わかりたくもないわっ!)