未満関係   


深司は下ネタとか、下世話な話が好きじゃない。
男同士で集まればそう言う話にもなるし、そんな話は結構笑えたりするので俺は嫌いじゃないけど、深司は違う。 そういう話になると加わってこないし、自分に話をフるなって威圧感まで出してくる。それってケッペキショーってやつ?って前に聞いたら「そうじゃないけど」と言われたけれど、やっぱり凄くウザったそうな顔をされた。
そんなわけで、そういう深司の性格をテニス部員は知っているけれど、クラスのそこまで親しくない奴とかは知らないわけだ。

「あれ、伊武。その首のってキスマーク!?」

二人で話していると、急に横から割り込んできたのはクラスでもお調子者の部類に入る奴の声。その発言の内容と、話しかけた相手が悪かった。 終わったな、こいつ。
殴られるか、蹴られるか。テニス部員の中で一番おとなしそうに見える深司だけれど、それは見た目にだまされているだけだ。
意外にこいつは手を出すのが早い。まぁ下ネタをフられただけで暴力って言うのも、深司にしてみれば面倒なだけだろうから、延々目の前でぼやかれるだろうな。 と思っていると、深司の口から出てきた言葉はぼやきでもなんでもなかった。
「…そうだって言ったら?」
思考が止まった。え?と思って俺は深司のほうに目をやる。 俺と同じく、話かけたクラスメイトも固まっていたが、どうやらそいつのほうが我に返るのは早かったようだ。 ぎこちない笑顔を浮かべて「や、やるじゃん伊武」なんて声をかけてそそくさとその場を後にしてしまった。
後に残されたのは俺と深司二人だけ。やけに気まずいと思っている俺の気持ちを知ってか知らずか、深司は何事も無かったかのように窓の外を眺めた。 キスマークって言うからには、深司はすることをしているわけで、でも誰と?誰かと付き合ってるとか聞いたこともない。
いや、きっと誰かと付き合っても、深司は誰かに言ったりしないと思う。こちらが気付かない限りは。
なんだかもやもやするものが胸に巣食う。 先を越されたからもやもやするのか、それとも深司が誰かのものになってしまったからもやもやするのかわからない。
「…なに、アキラ」
じっと見つめているのがバレてしまった。というよりも最初からバレていたのかもしれない。
聞きたいことはあったがなんと言っていいかわからないし、言えば言ったで怒られるかもしれない。 一瞬迷ったが、聞かずに終わればこのもやもやは晴れないだろうと思って、おもいきって俺は深司に訊いてみた。
「さっきのキスマークって、」
「嘘に決まってるでしょ。あせもで赤くなってるだけだよ。まったく…すぐにそっちに繋げたがるなんてほんと馬鹿だよね」
そう言って深司は髪をかきあげると自分の首筋を、確認させるように見せ付ける。確かに深司の首に赤い湿疹のようなものがある。
よく見なくてもそれはあせもだとわかったが、きっとあのクラスメイトはふざけ半分で言ったのだろう。 すると、途端にもやもやが晴れた。胸の中がすっとして、さっきまでの嫌な気分が消えてなくなっていたのだ。
「そ、そっかー!!そうだよな!そうに決まってるよな!」
「…なんでテンション上がってるの?ほんと意味わかんない」
深司は不思議そうに首をかしげるばかりだ。意味がわからないなんて、俺にだってわからないものを深司がわかるはずないだろう。
俺だって、どうしてだかわからないのだ。 結局もやもやの原因は何だかわかっていない。それでも、深司がまだ誰かに取られたわけじゃないと思ってほっとしたのは事実だ。 あと、その白い首筋にどきっとしたのも。
「深司さぁ、彼女とか出来たら言えよな」
「なに言ってんの。ばかばかしい」

この気持ちが友情なのかそうじゃないのか、俺は図りかねている。