ネバーギブアップの精神で 


もぬけの殻になっている男を目の前にして、黒羽はどうしていいかがさっぱりわからなかった。

今日も部活を頑張ろうと思って部室の扉を開けたら、そこにはうな垂れた男が一人、椅子に座り込んでいる。
天気予報では今日は真夏日なのだそうだ。なのに、目の前の男、佐伯の周りだけは体感温度が三度くらいは低くなっているように思えた。 おかしい。黒羽は昨日の佐伯を思い出してみる。
昨日の佐伯は、一言で言えば浮かれていた。
久しぶりに淳に会いに行くと言っていたので、それが原因なのは一目瞭然だった。もちろん黒羽だって、他のみんなだって会いたい気持ちはあったが、そんなに大勢で押しかけるわけにもいかないだろうと言うことで、みんなを代表して佐伯が行くことになったのだ。
よくよく考えれば、確か久しぶりに淳に会いに行こうと言い出したのは天根辺りだったはずなのだが。そして、何より一番会いに行きたがっていたのは亮だったはずなのだが。
一体何があったのか。もしや久しぶりに会ったのに、喧嘩でもしてしまったと言うのだろうか。佐伯と淳の喧嘩なんて、黒羽には想像も出来なかったが、万が一ということもある。 もしそうならば、友人として佐伯を助けてやらねばならない、と思う黒羽は面倒見の良い男だった。
「おいおい、どうしたんだよ」
なるべく明るく聞いてみたつもりだったが、佐伯はぴくりとも動かない。
これはかなりヤバいのではないか。と思って、黒羽は何故いま、自分がここに一人でいるのだろうと泣きたくなった。自分ひとりではなんともし難いということに早々に気付いてしまったのだ。はやく誰かこい!心の中で叫ぶ。
「……フられたんだ」
ポツリとこぼした言葉はなかなかに重大なものだった。あっさりと投下されたそれに黒羽は動揺してしまって、かける言葉を探す。が、見つからない。
しかし佐伯はそもそも黒羽から何か言われるのを求めていたわけではないようだった。
「あーぁ。ほんと、あんなフられかたするとは思ってなかった」
「…どんなだ?」
ふ、と自嘲気味に佐伯が笑む。黒羽は、なんとなく、佐伯が誰にフられたかを悟った。あんなにも嬉しそうだった佐伯がここまでヘコまされるなんて、相手は一人しかいない。
「『サエはモテるから、きっとこの先もサエのこと好きになってくれる人がたくさん現れると思う』だって。『でも、あいつのこと好きになってやるの、僕しかいないから』だって…。まさかそんな理由でフられるなんてなぁ…」
そりゃあ、誰もそんな理由でフられるなんて思わないだろうなぁと黒羽はうなづく。好きな人にそんな事を言われたら、ちょっと泣ける。
しかしどうフォローしていいのかわからなかった。フられた人間を慰めるなんてこと、まだ一度も経験したことがない。
「とりあえず、その…なんて言うか、元気出せよ」
言ってから、あぁこれは違うかと黒羽はうまく慰めれない自分にため息を吐きそうになった。けれど黒羽の精一杯の慰めに、佐伯はようやくにこりと笑って見せた。黒羽もそれにほっと胸をなでおろす。
「まぁ、まだあきらめたつもりじゃないしね」
佐伯は自分に活をいれるかのように勢い良く立ち上がると、うーんと背伸びをした。もうすっかり、さっきまでの不穏な雰囲気はなくなっている。
「おお、その調子で頑張れ!」
「うん、ありがとう」
ラケットを手に持ち、佐伯は爽やかに微笑んで部室の扉を開けて出て行った。最後に、ぽつりと呟きを残して。

「それにしても、アヒルに負けるとは思わなかったなぁ」

一体、お前の恋敵はどんな奴なんだ。鳥?鳥なのか!?
黒羽は、思わず叫びたくなった。