インマイドリーム


四時間目が体育だった後の昼休みは、とんでもなく眠い。
疲れきっているし、おまけにご飯を食べたばかりでお腹いっぱいだ。 こっそりと忍び込んだ屋上は暖かい日差しが差していて、心安らかに眠れと言わんばかりだろう。抗いきれない誘惑に負けてこのまま眠ろうか、と神尾がまどろみに身を任せようとしたとき、ふいに右肩に重みを感じた。
視線をやれば、肩には伊武の頭がある。さらりと揺れる髪から、彼の家のシャンプーのにおいがして、神尾は少しだけ目が覚めた。
「…深司、眠いのか?」
「…んー…。ちょっと」
その声はいつもよりもけだるげで、とても「ちょっと」とは思えない。神尾は自分の腕時計に目をやる。休み時間は残り20分程度だった。 神尾だって一緒に眠ってしまいたいが、このまま二人で眠りこけてしまっては確実に次の授業に出れないだろう。寝過ごす自信が、神尾にはあった。
授業をさぼってしまう事も考えたが、次の授業は自分クラスの担任が教鞭をとる教科で、朝のHRでばっちり顔を合わせたのだからサボりと言うのは一発でバレるだろう。それはまずい。
それならば、いまここで伊武を寝かせておいて、自分は次の授業中に眠ればいいと思った。好都合な事に、神尾たちの担任教師は、授業中の無駄口は許さなかったが、眠っている人間は容赦なく置いていくタイプだった。
ポケットに入れていたウォークマンを取り出してイヤホンを耳につけ、眠り込んでいる伊武を起こさないくらいの音量で気に入りの音楽を流す。
足でリズムを取るのも禁止だ。振動で起こしてしまいそうだ。 控えめな音量で流れる音楽と、右肩にかかる微かな重みと暖かさは心地よい。
気を許すとまったとした気分に眠ってしまいそうで、神尾は頭の上で流れる雲をあれは何の形に似てるなぁとか、そんな事を考えながら眺めた。
「…ん」
急に伊武が小さく声を漏らしたので、神尾は驚いて彼の方に眼をやるが、目が覚めた様子は無い。相変わらず、穏やかな表情で眠っている。
そういえば、伊武は授業中に眠ったりしないなぁと改めて思った。
神尾は授業中に眠くなったら躊躇いも無く寝るけれど、伊武は違う。 眠そうに頭がふらふらしていることもあるし、黒板のほうを半分くらい閉じた目でにらみつけていることは何度もあるが、決して眠りはしないのだ。
真面目なのだろうかと最初は思ったのだが、もう長い付き合いなので伊武がそういうタイプではないと言うのは神尾もわかっている。
(…まぁ、でも)
伊武の寝顔はちょっとかわいい。
神尾が見るからそう見えるのだ、と誰かに言われた事があるが、みんなは見たことが無いからそう言えるのだ。 いつも無表情で、たまに見せるのは呆れた顔とか怒った顔とか、そんな伊武が、眠るときはとても穏やかな顔をするのだ。きっとそれを見たことがあるのは、伊武の家族以外ならば神尾だけだろうと思う。
伊武は神尾と二人きりならば眠ることもあるが、人前では絶対に眠らない。 神尾としては、それでよかった。伊武のそんな穏やかな寝顔を、どうして誰かに見せてやらねばならないのだと思っていたからだ。
(知ってるのは俺ひとり…でいいよな)


伊武が目を覚ましたのは、昼休み終了のチャイムが鳴る五分前だった。
いいタイミングで起きるなぁと思いながら神尾が「おはよう」と声をかける。 伊武は寝起きのぼんやりとした表情で神尾を見て、「…おはよ」と小さく呟いた。
「よく寝てたな」
「…アキラ、寝てないの?」
「おう。起こそうと思って」
そう、と言って伊武は立ち上がり、制服についた砂埃を払う。神尾も重い腰を持ち上げ、制服の裾をパンパンと叩いた。それから伸びをして、あくびを一つ。
「行くか」
「うん。…アキラ、眠いんじゃない?」
あくびが止まらない神尾に、伊武がそう言って自分の髪をさらりとかきあげる。階段を降りる足取りが重い神尾は三段下にいる伊武の頭を見ながら、「大丈夫だって!」と笑った。
「次の授業で寝るし」
「…アキラって、平気で寝るもんね。ほんと、何も考えてないから出来るんだろうなぁ…。って言うか授業中に寝るくらいだったら、俺のこと起こして自分が寝てくれたほうがよかったのに」
ぶつぶつと呟く伊武の言葉の意味が神尾にはわからない。
「なんだよぅ。そういや、深司って授業中に絶対寝ないよな」
伊武がゆっくりと振り返る。階段の下にいる伊武は、自然と神尾を見上げる形になった。
「…アキラ、授業中に寝てるとき、すごく寝言言ってるの気付いてる?」
「え!?」
「頼むから、寝言で俺の名前呼ぶのやめてよね…恥ずかしいから」
伊武が神尾を置いてさっさと階段を降りていく。 神尾は、いま生まれて初めて知った事実に衝撃を受ける余り、そこから動けないでいた。